Focus notes

幸せに生きるためには、戦略的コミュニケーション技術が必要なのです。

経営はいつから゙つながり゛を捨てたのか?

経営はいつから偉いものになったのだろう

私はベンチャー企業IPOを経験したので、経営者が変化していく姿を間近で見てきた。

 

上場する数年前までは、joinしてくれる社員も少なく、志を持って参加してくれた従業員を歓迎し、上席者全員で彼ら彼女らを育成し、誕生日には誕生日を祝い、まさに一丸となって事業を進めていた。

 

上場直前になると、気はいいけれども、つながりを持とうとはしないおっさん達が、どどどっと入ってきて、組織化という名の下、横のつながりを断ち切り、部門ごとの歓迎会、誕生日会になり、会社は仕事だけをする場所になる。

 

上場したら経営陣は雲の上。5年後にどんな事を目指しているのかは、直属上司を介して語られればよい方で、下手すると中期経営計画の数字のみとにらめっこするようになる。

 

社会の公器となるとは、こういうことなのか?

人と人とのつながりは消え、歯車の一つに組み込まれ、その他大勢のひとりとなる。

 

経営者は、いつから従業員を仲間から部品に繰り下げるのだろうか?

 

唯一、そうでなかったのが、学生援護会をM&Aした頃のintelligenceだった。経営者の言葉はあらゆるツールで末端の従業員にまで伝えられ、当事20代後半の生意気盛りだった僕にも伝わっていた。

直属の上司は、自分の言葉を添えながら経営ビジョンを語り、私はこう思うと反論することも歓迎され、たった1年半の在籍だったが、今でも当事の支店メンバーこそが共に働きたかった最高のチームであったと思う。

 

なんで転職したんだよっ!って言われそうだけど、前述の「部品化」の兆候が見えたからだった。

 

歴史は繰り返す

現職場もIPO前までは、従業員と経営陣につながりのある会社だった。銀行から取締役を招聘し、創業メンバーが一人去り、二人去り、それに呼応するように多くのメンバーが離れ、地位や給料でのみつながっている会社にいつからから成り下がった。

 

今、思うに、経営サイド(部長含む)が、つながりを捨て、自らの地位を守る事が目的になったときから、会社は機械になった。

 

次のベンチャー企業では、そうあってほしくないなーと思いながら、気はいいけれどつながろうとしないおっさんにだけはならないようにしようと誓う。

 

本来、歓迎されないかも知れないけれど、現職社長には、この話をしないといけないな。