Focus notes

幸せに生きるためには、戦略的コミュニケーション技術が必要なのです。

セルフコントロールの難しさ

ちょっと当たり前だけど、意識してセルフコントロールをする!と決意して、何かを変えようとするのには、とてもエネルギーを使う。そりゃそうだ。何も考えずに、いつも通りに過ごせばいい状態から、別の状態を作ろうというのだ。

体力、知力、忍耐力、気合い。

ありとあらゆるものを総動員して、変化を産むのだ。

ちょうどダイエットと同じだ。

あまりよく考えずに、食べたい時に、食べたいものを食べ、運動も面倒くさいとゴロゴロ過ごしてついた脂肪を落とすのには、何百倍もの努力が必要だ。

結果が伴うまでのタイムラグ

初動の大変さ同様、あらゆる事につきものなのが、この「結果が出るまでのタイムラグ」である。

生活に変化をもたらしたくて、何かに取り組むのだろうが、目に見える成果がでるまでには時間がかかる。

まあ、これも当然と言えば当然だ。

10年繰り返して来たことを1日変えただけで、全てが変わるはずはない。

3日坊主と言われる所以である。変化を期待して、頑張ったものの、何も変化がみられず、新しくやろうとしたことを止めてしまう。

生物としての機能

人間を含む恒温動物の本能なのだろうか?私達の本能は、変化を出来るだけ無いことにしようとする。しかしながら、本能が環境的が変わったと認識したら、新たな環境への適応がはじまるのだ。

この「自動調整機能」が働きはじめるのが、だいたい3ヶ月くらいだ。

もちろん、この3ヶ月までの期間の努力は無駄ではなく、本能に『とんでもない環境変化が起こってる!』と認識させるために重要な期間となる。

日数ではなく時間数かも知れない

この、本能が変化を覚悟するまでの期間は、だいたい3ヶ月と申し上げたが、本当は時間数かも知れない。

例えば、英会話教室に3ヶ月通うよりも、現地に赴任した人間の方が明らかに英語は上手くなる。

確かに、あらゆる環境が変わってしまうのと、生活の一部が変わるのだと本能の覚悟も変わるのだろう。

とはいえ「成果による癒やし」は欲しいよね

ここまで読んでみて、ほとんどの人は「そりゃ、そーだ」としか思わないだろうが、私はこの3ヶ月を耐えるために、「成果による癒やし」を積極的に見つける事を提案したいのだ。

ダイエットならいつも小腹がすいている。これは、成果だ。小腹がすいたら、ぜひ、「ようこそ!コバラスキ!」と歓迎してあげてほしい。

 

 

メタ認知だと難しいけど切り分け

セルフコントロールを成功させるためには、メタ認知が欠かせないらしい。

むっちゃ意味不明。

なので、どう考えたらいいか、整理してみた。

2つの立場で考えよう

実は、考える力を発揮して、何をすべきかを明確にするためには、少なくとも3つの目

が必要だ。

それは、鳥の目、虫の目、魚の目と言われている。

ただ、この3つの目だけで上手くいくかというと、ちょっと足りないのだ。

なぜなら、自分の中でリーダーシップを発揮する考えとマネジメントする考えを同時に存在させる事になるからだ。

まだわかりづらい。

リーダーシップ。プロデュース。

まずは、どこに向かうのか?を正しく導き出す考え方だ。

ここでいう『正しく』とは、自分らしくというか、自分が望むように、自分に正直にという意味である。

この立場で考えるときには、『望むことは実現出来る』と楽観的に考え、様々な制約を一旦どかして考えたほうがいい。

マネジメント。プレイヤー。

そして、次にこの立場だ。どうやって実現するか?を考える立場だ。

ここでは、現実的に考えるのが必要で、ゴールに到達するのには、結構努力が必要だと、現実的に考え、様々な制約をどのようにクリアしていくかを考える必要がある。

日次、週次、月次のセルフレビュー

わかりやすく言えば、プロデューサーとプレイヤーのmtg.のようなものだ。

もし、あなたがプロデューサーならば、プレイヤーに対して、○○までには実現が必要だ。とか、もっと練習しろだとか、厳しい要求をするだろう。

そして、もし、あなたがプレイヤーならば、そんなこと言っても無理だとか思いつつも、プロデューサーが折れないのなら、こういう事できないか?とか、4時間費やしてたけとど、倍にしようとか考えるはずだ。

そう。そのように自分自身で考えるしかない。

優秀なプロデューサーであり、プレイヤーになる

優秀なプロデューサーは、プレイヤーをそそのかすのがうまい。優秀なプレイヤーは、乗っかるのがうまい。

自分で自分のご機嫌をとり、そそのかし、のせられ、勢いをつけるのだ。

それしかない。

コーチとプレイヤーでもよい。

この関係性は、目標を達成するための最小ユニットなんだ。

生き方について考える

生き方に正しいも糞もあるかーい!

と思っていたのだが、あるな。

正しい生き方と、そうでない生き方。

正しい生き方とは、目標を達成する生き方

あーこれやりたいなーとか、これ出来るようになりたいなーだとか、やりたい事って、その時々に浮かんでは消えていく。

しかし、これをやる。と目標にしたら、それが実現するまで、しつこく繰り返して、ものにする。

このような生き方こそが、正しいと思う。

もちろん、自分が本当に望んでいるものは、何なのかを明確にしないと、これは実現出来ないが、目的が明確であれば、どうやって実現するかの方策もある程度絞れる。

目標そのものが間違っているように周りから見えても、それは人それぞれの価値観であるからそこまでは考慮する事は出来ない。

まあ、少なくとも、○○人を皆殺しにしたい。とか、レ○プしてみたいのような目標を持つ人間っていうのは、頭がおかしいが、その人に取っての正しい生き方は、できてしまうのだろう。

正しく無い生き方

では逆に正しくない生き方は、どういうものだろう。

それは、目標に到達出来ない事が当たり前になり、目標自体持たずに、流されて生きる生き方だろう。

やらない言い訳をおもいつく達人。

自分ではわかってるけれど、ぽい言い訳を上手くくっつけて、解決しない。

お前はどうなんだ?

さて、自分はどうだろう?

実は、4~5年ほど前、周りの誰にも話していないが、目標設定時点では、達成可能性がほぼゼロに近かった目標を半年以上かけて達成したことがある。

だけど、それ以降、単純な目標すら達成できていない。

改めて、ちょっとした目標を設定する事にした。

12Kgダイエットする。そして、目標を設定し、達成するまで達成のための行動を徹底的にやるLifeを再開させる!

本気を出すということ

俺、今日から本気をだす!

漫画だと、ここで背景に炎がどばーっと燃え盛る。このイメージにやられちゃうんだよね。

リアルな「俺、今日から本気出す!」は、どちらかというと、スナイパーがスコープを的に定めるイメージ。

絶対に達成するぞと思った事にフォーカスを合わせ、1発で仕留めるイメージだ。

もちろん、簡単な相手なら、1発の弾丸で終了。ハッピーエンドだろう。

しかし、君が立ち向かおうとしている相手は、そんなに簡単な敵じゃないはず。

上手くいかない理由は単純じゃない

あれとこれとそれを揃えれば、達成出来る。それが推測出来ていながらも、達成出来ていない。これがなぜ起きるかというと、無意識にしてしまってる行動が達成に向かっていないからだ。

前の記事でも書いたが、人間の行動のほとんどが無意識に行われる。

例えば、水泳。泳げる人からしてみれば、泳げない人がなぜ泳げないのか、理解が難しい。クロールを泳ごうにも、緊張で全身に力が入り、カチンコチンでもがきまくる。

力を抜いて~と言ったところで、泳げない人は力を抜くってどういう事かわからない。

じゃあ、どうするか。

慌てなくても怖くない事を無意識に刷り込むのだ。

初めの一歩は目を開ける事から

まずはゴーグルをはめて、水に顔をつけて、目を開ける練習だ。

目を開けても大丈夫と思えたら、次は頭までしゃがんでつける練習。

その次は、連続でしゃがむ。

その次は歩きながらしゃがむ。

その次は歩きながら、連続でしゃがむ。

ここまで準備して、ようやく水に浸かっていても、力が入らない状態になる。

次は、浮く練習

その次は浮く練習だが、最初からけのびなんてしなくていい。

浮いても胸に膝をくっつけるように丸まれば、立てる体勢になることを無意識に染み込ませるんだ。

こーやれば立てる!というのが自然に出来るようになったら、けのびだ。

けのびが出来たら、死んだふり。それができたらビート板に手をのせてばた足。

いよいよ手を回す。

最大の難関。息継ぎ。

ここで、最大の難関が訪れる。息継ぎだ。

実は息継ぎは、体の中心を軸に120°ほど体を回転させないとうまくいかない。

しかし、目の前にプールの底がある体勢しか経験したことがない人に取って、仰向けになる可能性がある体勢なんて、恐ろしくてとれないのだ。

だからここでもう一度、地味な練習が始まる。

仰向けに浮く練習だ。

仰向けに浮くと、顔に水がかかった時に、鼻から水を吸い込んで痛くなる時がある気がしてしまう。

泳げるひとは、鼻からゆっくり息を吐けば、水は入ってこないことがわかるが、泳げないひとは、それがわからない。

だから、無意識で鼻から息が吐けるまで繰り返し練習だ。

たくさんの無意識が集まって泳げるようになる

このように、泳ぐという一つの事をとってみても、たくさんの無意識を身につけないと、上手くいかないことがわかるだろう。

本当の本気のひとは、ひとつひとつの練習を無意識に出来るようになるまで、集中してひとつひとつクリアしていくのだ。

さあ、あなたは何を達成しようとしている?

無意識にクリアしなければならないことにどんな事があるか?

仮説を立て繰り返し練習し、ひとつひとつクリアしていくしかない。

スポーツには方法論が確立されているが、ビジネスや人間関係みたいなものには、方法論が確立されていない。

であれば、近道はないから、これかな?と思う事を手が届く範囲で繰り返すしかない。

一か八かでムチャクチャやると溺れるから、少しずつ、無理をしていくしかない。

そして、達成するまで繰り返せたら、本気だった。ということになるのだ。

頑張ろう!僕も道半ばだ。

 

勉強との向き合い方

勉強とはなんだ?

知って、試して、繰り返して、身につけて、伝えることだ。

なぜ、伝えるまでが含まれるのかというと、人間の種としての強みが、社会を形成する事に秀でているからだ。

つまり、勉強とは、知ったことを伝えられ、自分にあうように調整し、それをまた誰かに伝えるというチェーンの事だ。

そして、ここで疑問が沸き起こる。

例えば、男性が学んだことは、伝えられても女性には有効なものにはならないのでは?

全く正しい。

となれば、北国出身と南国出身でもそうだし、身長が高いやつと低いやつでもそうだし、親がお金持ちか?兄弟はいるか?健康か?視力は?筋力は?記憶力は?...etc

組み合わせれば、無数の組み合わせが生まれる。

目に見えるものでそうならば

先ほど上げた例は、全て目に見えたり、数的に表現できるようなものばかりだ。

考え方の癖や性格、度胸、何に喜びを感じるか?みたいなものを上げはじめると、もはや、完全に一致する人間なんて、存在しなくなる。

では、勉強する意味なんてないじゃないか?と思ってしまいがちだが、そうではない。

なぜなら、いくつかの失敗パターンを学び取る事が出来るからだ。

いや、むしろ失敗パターンを学び取る為に勉強をすると言っても過言ではない。

勉強には、「試す」が含まれる

思い出して欲しい。僕は冒頭に勉強を定義したが、そこに、「試す」を加えていた。

知識を詰め込んで、それを吐き出すのは、勉強とは、言えないのだ。

大学入試のための勉強なんて、勉強とはいえないのだ。

確かに、東大卒の人の方が賢いような気がするが、東大をでたものの、不幸な人なんて腐るほどいるし、稼げてない人も腐るほどいる。

彼らは記憶することや、問題を解くことには長けていたのかもしれないが、試すこと、失敗すること、失敗から自分に合う方法を見いだすこと、それを誰かに伝えることには長けていなかったということだ。

なぜ試さなければならないのか?

これは、目に見えない特性を人それぞれが持っているからだ。

例えば、視力が悪くメガネがなきゃ生活出来ない人は、試すまでもなく宇宙飛行士になることは実現が難しいと知る事ができる。

ならば、ロケットを作る側や、軌道計算をする側で、宇宙開発に関わろう!という進路を修正する事が出来る。しかし、目に見えない特性での向き不向きというのは、試して見なければわからないのである。

人間が無意識で、してしまう判断は、全体の約9割と言われている。

無意識だ。

これは、試してみるしかない。

自分ルールでコントロールする

幸いな事がある。

無意識の判断という自分の特性は、なんとコントロールする事が可能なのである。

何によってコントロールするかと言えば、意識である。

なにがあっても絶対に守る自分ルールを作るのだ。

例えば、夜重要な判断をしないために、朝、判断するための時間をとる。みたいな事だ。

こうやって、試して得た知見から作り出した自分ルールを無意識に守れるまで繰り返して、有効だったものを人に伝える。

これが、勉強だ。

シンプルなたとえばかりで恐縮だが、慣れてくるともっと複雑な自分ルールを無意識で運用する事も出来るようになる。

僕が運用している自分ルールは、キレて話をしてくる年上の人もしくは上司が、さらに上の立場の人に対する忖度をしていたり、自己顕示欲からそうしている場合、一旦引いて謝罪をしておくべきだが、それで挽回すると正しかったんだ!みたいな変な勘違いをするようになり、不快な気分になることが増えて、自分自身のモチベーションが低下するから、仕事のアウトプットの質を落とす。である。

永遠の自分探し

少なくとも自分が今の自分に100点だよ!と思えないのであれば、勉強を続けるべきだ。

つまり、一生勉強ってことだな(笑)

 

 

 

 

監査の有効性を高めるには

客観性と独立性を持つ内部監査部門によるアシュアランスやコンサルティングの有効性を高める為には、やはり適時に監査を実施し、監査報告出来るようにしなければならない。

もちろん、短期視点だけでなく、中長期的な取組みについても監査対象とするためには、従来型の監査も有効ではあるが。

 

内部統制の目的に合わせた監査手法

例えば、報告やコンプライアンスに係る内部統制を評価するに当たっては、従来型の監査でも、有効かも知れない。

もちろん、1線によるセルフアセスメントや、2線によるリスクマネジメントが運用されている事が前提にはなるが。

しかしながら、内部統制の目的のうち、業務に係わるものについては、新たな手法を確立する必要がある。

市場環境がめまぐるしく変化している現代だと、経営判断が下されるタイミングが数年スパンとは限らない。内部監査部門によるアシュアランスを待たずに経営判断がなされる可能性がある。

例えば、DMMが買収したバンクは、1年でMBOされている。

となれば、内部統制の目的の3分の1においては、従来型の監査では、内部監査部門が経営に貢献出来ないということになる。

そこで、もっと短期間かつ継続的にリスクの変化を見ていけるような手法が必要なのだ。

意外と面白い現代

そう考えると、内部監査の仕事もなかなか面白いものとなる。

恐らく多くの会社で経営企画部や社長室が担っているような現状調査業務を監査部門が担えることになる。

しかも、経営企画部門での切り口は、定量的評価に留まりがちだが、監査部門でやる場合は、内部統制の構成要素のどの部分に課題があるのかを明確にする事ができる。

これは結構取組みがいのあるテーマだ。

経営陣の理解が必要だけれども

実は、内部監査の最大の味方ではあるものの、最大の敵は経営陣だ。

特に、よくわからない自信あふれる経営者だと、内部監査の機能をいわゆる「形式的かつ法令等要件対応のためのツール」としてしか考えていないこともある。

内部統制の有効性の有無により、短期的にも中長期的にも、事業への影響がある事を経営陣に理解させ、さらにはBADシナリオに進まないように、現場に助言を提供していく。

結構難しい。

 

全力子育てからの全力ビジネス

遅れてきた反抗期。

子ども達からすれば、成長のひとつのプロセスであり、親側からすれば、子離れの準備の時期なのだ。

3人の子ども達は、それぞれどんな人生を歩むのか。親として心配なところはあるものの、我慢しなければならない。

これは、太古の昔から繰り返されていたプロセスなのだから…苦しいだろうが…と思っていたのだか、以外と平気だな。

そもそも親が子供をコントロールなんて出来るはずがないと思っていたからか、既に自分の死を覚悟してしまったからなのか、不安とか不満とか、なにもなくあるがままを受け入れられている。

中年にもなって、可笑しな事を言うが、昔パンクバンドをやっていた頃には、I hope I die before I get old.と思っていた。

この年になってみて、現実的に考えると、死を恐れないことよりも、恥をかくことや、自分自信のいたらなさに向き合う事の方が勇気が必要だ。

まとまらなくなってきた。

それも、今の僕の実力だ。