捨てるよりも塗り替える
今、私は理想の状況ではない。
では、どうすべきか?
悪習を捨て、理想に近づく習慣を身につければいい。
仕事と同じだ。
営業目標を達成するためには、目標の2倍の案件を進めて、確実に決めていく。
それと同じ。
IPOを実現するためには、ガバナンス、リスクマネジメント、コントロールプロセスを整備し、内部管理体制を構築し、内部監査をして、運用状況をモニタリングする。
法令違反や不正リスクをつぶしこむ。
その一方で、証券取引所に提出すべき資料を作成する。
管理側と現場では意見がすれ違いがちだが、根気強く話し合いながら、意見を一致させていく。
もう、何度もやった。
相手の意見も真摯に受け止めながら、しかし、自分の意見も伝えていき、理解し合うしかない。
例えば、資金がなければ、多少のストーリーを作りながら、期待感と共に調達する。
体調を整えるために、暴飲暴食を控え、睡眠と運動に気をつける。
今の悪習を捨てるというよりは、新たな習慣で塗り替えるのだ。内面からは、勘弁してくれ、もっと自由に生きたい!という心の声の抵抗が聞こえてくるかもしれないが、慰めながら、理解し合っていくしかないのだ。
理想的な状況をつくるのは、まさに仕事だ。
であれば、必ず達成できるのだ。
自分を゛思い込みから解放゛する
例えば、あなたがリスクをとったせいで、今、つながりのある全ての人との関係が終わったとしても、とらなければならないリスクは、とらなければならない。
もっとあの時こうしてたら…もし俺が○○だったら…どんなに想像しようとも、それは現実では無いのだ。
人生は不条理だが、人間は無力ではない。まずは幼い頃に両親にかけられた呪縛を解くのだ。両親の青春時代に得た教訓は、現代には会わないのだ。残念ながら。
例えば、2020年に大学入試の要綱が変わる。そうすると、私の学生時代に身につけた試験対策方法は、最適では無くなるのだ。
正直者は馬鹿を見るというが、嘘も方便ともいう。人生は不条理だから、矛盾だらけなのも仕方がない。
これ以上、高望みをせず、慎ましく生きていく。そんな人生も有りだ。楽しめるのならね。楽しめないなら、飛ぶしかない。
部下さん。泣く。
今日は遅くなったので、一言。
直属ではない部下が泣いた。
人として初めて扱ってもらった。この会社に転職してきたのを後悔していたところだった。
上は誰も仕事をせず、判子を押すだけ。
辛い。
って。
特別な事はしてない。ただ話を聞いただけ。
目的もなく、話すのでなく、しゃべらせただけ。
こんな状態で生産性なんて上がる訳がない。
もうすぐ退職する話はできなかったなー
コアは何か?を自覚する
久々に監査っぽい事を書く。
監査をする場合、まず、事実を抑える必要がある。そしてその事実を何がしかの基準により、改善が必要なのか、注意が必要なのかを判断する。
当然、被監査部門に理解してもらわないと意味がないので、○○という事実は、△△という基準を当てはめると、改善が必要。としなければならない。
どんな基準を適用するのか?が、監査人の腕の見せ所でもある。
法令!社内規程!だけでは
この適用する基準で、一般的なのは、法令であり、定款であり、社内規程であるが、それ一辺倒だと、現場との距離感が広がっていく。
法令に反している!と言ったところで、罰則がなく、努力義務でしか無ければ、「前向きに検討する」とか言われて終わりだ。
何故その法令があるのか?どんなリスクが考えられるのか?そして、リスクが顕在化した時、その状況は望む状況なのか?受け入れ可能な状況なのか?対応出来ない理由があるのか?相手の判断基準を理解するまで、コミュニケーションを進めて行く必要がある。
ISO監査人にがっかり
今期のISO監査で、とある業務の業務フローを作成するように指摘された。
対応は20分で完了したが、その業務フローが活かされる日は決してこないだろう。
なぜか?
それは、彼らがその業務のコアを理解しようとしておらず、改善の成果物だけ決めようとしているからだ。
私が優れた監査人だとは思わないが、監査を生業にしている人の多くは、現場が「なにを一番大切にしているか?」を理解しようという姿勢に欠けている。
数日の監査で数十万のサービスとして、非常にがっかりさせられた。
が、こんなものだろう。
物事はシンプル
監査という仕事をすればするほど、業務のあらゆる事が、実にシンプルであることに気付かされる。
理想がある。現実がある。GAPがある。
埋めなければ、事故が起こる。
埋めれば理想が手に入る。
何故、GAPが埋まらないのか?その解は簡単で、ほとんどのケースで、「理想がない」「めんどくさい」「気が乗らない」なのだ。
生き方も同じだ
人生は業務と比して、変数がかなり多く、一見複雑だが、与えられる選択肢は、「やる」「やらない」だけである。
それ以外は、「理想がない」「めんどくさい」「気が乗らない」の言い訳にしか過ぎない。
「あとでやる」は、ほとんどのケースでは、「やらない」だし、「やらない」と言いながらも、人参がぶら下がれは大抵の人間は「やる」ものだ。
シンプルに考えよう。
あなたが大切にしたい。もしくは、無意識に大切にしてきたコアは、何だ?
そのコアを守るために、捨てれないものは何で、譲れるものは何だ?
自分が無意識に大切にしているコアをないがしろにして、それ以外を手に入れても、虚しさしか残らない。
あなたの理想と現実のGAPを埋めようとしない本当の理由を突き止め、「やる」「やらない」を決めるんだ。
理想がないなら描け。めんどくさいなら、小刻みに進め。気が乗らないなら、放置する事により発生するリスクを考えろ。
本当は、みんな「わかってる」んだけどね。
マスタータスクの考え方
to do listを使って、こなすべきタスクを管理する方法は、様々な人が、このデジタルツールが使いやすいだとか、この処理手順が良いだとか研究されていて、シンプルだが千差万別で、おもしろいなぁと感じる。
マスタータスクを設定するという方法
これも、ある方が、提唱していた方法で、毎日「これだけは絶対にやる」と決めたタスクをマスタータスクとして、優先度を上げて対応する。というものだが、これに少しだけ付け加えたい。
いわゆる刃を研ぐ
このマスタータスクだが、特に意識していないと、業務上の重要事項を設定してしまいがち。こなすべき業務が余りにも多過ぎで、全部マストタスクだよ!という方もいらっしゃるとは思うが、それではバッドループからは抜け出せない。
なぜなら、「理想の状況への一歩」を踏み出していないから。
今、ありとあらゆることが思いのままにできる環境が用意されたとしたら、何をしたい?
そのために必要な準備にはどんな事がある?
最短でどのくらいかかるの?いつはじめられるの?
それらの準備の中で、今日出来ることにはどんな事がある?
多くの人が、調べるとか友達に電話するとか、予約だけ入れるみたいな行動になると思う。でも、それでもいい。
ほんの少しの行動でも
やらないよりはやった方がいい。そして、そういう行動ってやらない理由は、めんどくさいからと言うことが多い。
だからこそのマスタータスクリスト運用方法なのだ。
やるとわかる。意外と書けない
この「自分の理想の状況を作るための行動」に縛ったマスタータスクリストづくりをはじめると、すぐに気がつくのは、書けない。やれないじゃなく、書けない。
そこで気づいて欲しい。流されて生きてきたことに。
あなたは、幸せのために一生懸命生きてきたはず。でも、自分でその状況に向かってはいなかったんだよ。
なんとなくこっちかなーと流されていただけ。たまにはうまいこと行くけれど…これってギャンブルと一緒だ。
その証拠に、なにをすべきかわからない。
止めたら負け
こういうキツい習慣は、なかなか続けられないと思う。止めちゃうよね。2日くらいで。
でも、連続記録が止まっても、5/7は出来たんだと考え、止めないでほしい。
ある仕事が出来ないけれども、社長になりたかった男は、これだけは徹底してた。
顧問と飲む。監査役と食事。ライバルの悪評を流す。危険な部下を潰す。
良いことも悪いことも関係なく、淡々と自分の望む状況にするための活動を計画して、遂行していき、ついには社長にまで登りつめた。
逆に、ある仕事ができる男は、その高い能力ゆえか、臨機応変にあらゆる事をこなしていった。内部管理体制の強化、不採算事業のクローズ、リストラによる事業立て直し、IPO準備。全て彼だからこそなし得た取組みだが、社長にはなれなかった。
どちらが幸せなのかはわからないが、仕事の出来る男は、会社を去り、飲み会では昔話ばかりしている。
まず、自分を承認してください
今、自分自身が置かれている状況は、過去の自分の行動の結果である。不満足な状態ならば、何かを変えなければならない。自己責任だ。って、冷めてーわ。
Natural born 不幸なんてない
人生不条理です。生まれた時から、easyモードとvery hardモードに振り分けられます。
でも、その物語は、BAD END ONLYという訳ではない。その人生が、幸せだったか、不幸だったかなんて、自分で決めるもんだ。
BADイベントから学ぶ
幸せになると決めたなら、あらゆるイベントから学ばなければならない。一見不幸なイベントからでも、重要な気付きを得ることが出来る。
自分が欲しているものから、どれだけ離れた位置にいるのか?
その場所にいるのは、もしかしたら自分の意志かも知れない。
捨てなければならない思い込みがきっと見つかる。
泥を喰って、泥の中に含まれる微小なプランクトンを食って生きている生き物だっているのだ。
愛こそが全て
凄くキレイゴトを言うよ!愛こそが全てなのだ。不安や恐怖があるから、他人の分まで獲得しようとするし、自分の持ち物を防御しようとする。
誰になんと言われようとも、愛すればいい。愛されようとするから、愛を獲得しようとして、おかしな方向にいくのだ。
愛はするもんで、されなくてもいい。
子育て中の人なら、共感できるはず。
子育ての時辛いのは、我が子を愛してる時じゃなくて、イライラをぶつけてしまった(怒鳴っちゃうとか含め)時だ。
これから会う人全てを愛すると決める
こう考えれば実は無敵だ。どんなに嫌な奴でも、出会ってしまったということは、何かの縁があるんだ。
これまでの僕は、同僚の手柄を盗むやつやら、パワハラ上司やら、なにも考えてない経営者を嫌いやわーと思っていたが、縁に感謝し、愛するしかない。
そうすれば、幸せしかない。
一時的に嫌な事に当たっても、あらゆることを愛していれば、それは、幸せのための必要な出来事だったと考えられる。
嫌われる勇気
アドラー心理学の代名詞みたいになっている「嫌われる勇気」だけど、「愛する決意」があれば、嫌われる勇気なんて、いくらでも湧いてくる。
「嫌われたとしても、俺は愛する」
変態っぽいけど、これが全てだ。
まあ、あくまで愛するだけで、信頼するかどうかは別問題だけどね。
まず自分の人生を承認しよう
では、すべてを愛していきるために、絶対にしなければならないことはなにか?
それは、「自分の人生の承認」と「感謝」だ。今、より良く生きようとしているその思いは、素敵だし、生きていることへの感謝も必要だ。
最後に、私の好きなある曲の歌詞を紹介して、今日の記事を結びたい。
今日が最悪そう思えれば、明日は今より悪くならないぜ
もっと冷徹になりたい
私はあまりにも多くの人に、利用され、裏切られ、金銭的にかなりの苦行を強いられている。
たぶん、あと2~3年でなんとかなるのだが、逆にここ1~2ヶ月がしんどい。
ガキの頃から、親に「他人に迷惑をかけるな」とか、「かみさまはみてるよ」などと言われながら育った。
現実は違う。
平気で他人を騙して利用し、迷惑なんて構いもしない奴でも成功するときは、する。
でも、出来ないんだよなーこれが。